So-net無料ブログ作成

昭和史1:帝銀事件③ [史]

前々記事(帝銀事件①)、前記事(帝銀事件②)の続きになります。

捜査の目は第731部隊に向いていたはずでは?

これを考えるにはその時代の背景を知る必要があると思う。
帝銀事件の起こったのは1948年、日本はGHQの占領下であった。
そして731部隊の事。






今日は堅いよ~ (~--)


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

昭和史1:帝銀事件② [史]

前記事(帝銀事件①)の続きです。

捜査の目は事件時の立ち居振る舞いや、毒薬の飲ませ方等専門知識をもった医療関係者、研究者、そして軍関係に向いていたはずなのに、テンペラ画家の平沢貞通を連行。

なぜ毒薬の知識もない、画家の平沢貞通氏が逮捕されたのか?





なぜ?(*-゛-)


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

昭和史1:帝銀事件① [史]

今日は、62年前の1月26日に起こった事件の事を

【帝銀事件】
【事件発生】
1948年1月26日
【場所】
東京豊島区 帝国銀行(後の三井銀行、現三井住友銀行)椎名町支店
【内容】
銀行の閉店後の3時過ぎに東京都の赤印、達筆で防疫消毒班と書かれたの腕章をつけ『厚生技官 医学博士 松井蔚 更生予防局』の名刺を持った50歳前後の衛生課員が裏口より入来、「近くの家で集団赤痢が発生した。」「感染者がこの銀行に来た」、「GHQが行内を消毒する前に予防薬を飲んでもらいたい」と行員、用務員とその家族、合計16名を集め、予防薬と称し、青酸化合物を飲ませ、12名を殺害。現金16万円、小切手を奪って逃走。
【犯人像】
年齢45~50歳前後、身長5尺2寸(約167cm)、痩せ型、頭髪は丸刈り、服装はグレーのコート、靴は赤いゴム長、落ち着きのある、知識階級のような印象
【逮捕】
8月21日松井氏と名刺交換をした、テンペラ画家の平沢貞通を逮捕
【判決】
死刑
【平沢貞通】
死刑を執行されることなかったが、拘置所より出る事は叶わず、1987年5月10日肺炎の為八王子医療刑務所で95年の生涯を閉じる。





画家の平沢が犯人だったの?o。( ̄_ ̄ )


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ: